インタビューを通じ、大潟村あきたこまち生産者協会のお米やパスタを選んだ理由、おすすめの調理法などを紹介します。
ホーム > プロの料理人が選ぶ理由 > 歴戦のユニーク店主が繰り出す正統派洋食 レストラン「丘公園」様
2024.6.15
神奈川県横浜市青葉区あざみ野。穏やかな雰囲気の緑豊かな住宅街で40年以上もの間、カレーやパスタ等の絶品洋食を提供している人気店が「丘公園」様です。
店主の里中様は、数々の名店を渡り歩き、わずか23歳でレストランの副料理長を任される程の経歴を持つ努力家。
一方で、アイディアいっぱい、ジョーク大好きな店主様が考案したちょっと変わった名前のメニューが並ぶ店内には、ここにしかない世界観の丘公園ワールドが広がっていました。
-開店当時のエピソードをお教えください
1982年、バレンタインデーの2月14日に開店しました。覚えやすいからいいだろうと決めたのはいいんですが、アルバイトが開店記念日の当日に入りたがる人がいなくて、結果的に失敗だったのでは?と思っています(笑)
レセプション(お店のお披露目)を行った開店の2日前、なんだか店内がガス臭い!ガス漏れを起こしているのがわかって、もちろんすぐに修理してもらいましたが、あの時はドタバタだったね。
開店当時は、すごい世帯数の「あざみ野団地」が引き渡しを二か月後に控え、造成工事の真っ最中だったから現場の職人さんがいっぱい来て賑わいました。
それからのお客さんは団地の住民よりも、学生さんが多かったかな。聖マリアンナ医科大学が、ここから車で15分ぐらいのところにあるんですが、この辺りに暮らしている学生が多く、たくさん来てくれて、一時は売り上げの4割にもなったぐらいです。
-「丘公園」という店名なので、ここには公園があったのですか?
「公園が近くにあるんですか?」とか、よくお客さんに訊かれます。
ここは「“港の見えない”丘公園」ですよ!(笑)
(横浜港を見渡せるスポットとして有名な「港の見える丘公園」から名付けた。)
お店のシンボル、オレンジ色の軒先テント。これは3代目で、青色だったこともあるそう。
-料理人になったきっかけをお教えください
僕は三重県鈴鹿市の出身です。特に何かやりたい事もなかったけれど上京したいと思っていたら帝国ホテルの求人があったので、料理の専門学校にも行かずに飛び込んだのがきっかけです。
それから1年半で、夏のボーナスを貰ったら軽のワンボックスカーを買い、移動型のホットドッグ屋を始めたんですよ。西蒲田で商売を始めたんですが、無計画な若者がホットドッグ屋をいきなりやったところで売れやしない。全然うまくいかないから先輩に相談したら、馬車道十番館(横浜市にある昭和42年創業の老舗フレンチレストラン)を紹介してくれました。
中学の頃、6つ上の兄に「ちゃんと勉強しないと、社会に出てから損をするぞ!」って言われたことがありました。僕は6人兄弟の末っ子ですが、父より兄の方が威厳があって怖かったなあ。
僕は勉強が嫌いだけど運動神経はよくて、体育だけは評価が良かったので、馬車道十番館に入ってからは、この仕事を体育だと思ってやれば、僕にだって5が取れるんだ!と、それからは本当に一生懸命にやりました。
…というのもね、食事の面倒を見て貰えて、給料を貰えて、仕事も教えて貰える。こんなにおいしい事ってないじゃん!仕事を覚えたら自分の勝ちだと思って、一生懸命やりました
フレンチにイタリアン、ステーキハウスに有名ホテルと、並々ならぬ経歴を持つ店主の里中様。いつも明るくてユニーク。
その後、イタリアンレストランのサンマリノ(現在は閉店)に、当時のチーフについていく形で移りました。23歳で2番シェフ(副料理長ポジション)に抜擢された時は、僕に務まるのか不安でしたが、今思うとこれがあったから色々な仕事ができたのだから、ありがたいです。
もっと仕事を覚えて経験を積むために、都内のステーキハウスで肉の勉強をしました。
本当にいい経験をさせてもらいましたよ。僕は、仕事だけは一生懸命やる人間だから、自分でこう言っちゃなんだけど、引く手あまただったのよ。
そして初めに就職してから11年目の30歳になる頃に、この丘公園を開店しました。「いいところがあるから一緒にお店をやろうよ」と、あるお客さんに誘われたのがきっかけでしたが、5年ほどで、全て僕が切り盛りすることになりました。
それから43年、こうして今もうだうだやってます(笑)
-お店を続ける上で大事にしていることをお教えください
当たり前のことですが、サボらない事です。今日はもうお客さん来ないだろうから、早めに店を閉めようかなぁ、といったこともしませんね。
僕はフレンチもイタリアンも、きっちりやってきました。でもこの小さな店では、使う材料も設備も、今までいたようなレストランと全く同じようにはできない。だから僕の、僕にしか作れないレシピでやりたい!
それから、ここはもうレストランというよりも飯屋だから、ごはんを食べたいだけ、いっぱい食べて、満足して帰ってください。という気持ちです。
-弊社のお米をお使い頂き25年以上になりますが、きっかけをお教えください
それまでは近所のお米屋さんで買っていたんだけど、米不足になった時、普段頼んでいたお米の質がだんだん悪くなってきたので、多少価格が高くてもいいから少しでもいいお米を持って来てもらうとか何とかやりくりしていた頃、ダイレクトメールで届いたあきたこまち協会が目に止まったんです。
会長の涌井さんは若い頃、新潟県から移住して、八郎潟を干拓した大潟村で農業を始めたんですよね。
僕が小学校5年生の頃に切手の収集が流行っていたんですが、朝早く郵便局まで行って並んで、初めて購入した切手が、じつは『八郎潟干拓の記念切手』だったんですよ。
あきたこまち協会と取引をするようになって、後から気が付いたんだけど、これは何かの縁だなぁ。
妻が「パンは高いよね。結局は、お米が一番安いわね。」とよく言っているとおりです。お米の存在は僕にとって本当にありがたいと思っています。それに、2升(約3kg)が必要なら、袋を切って開けるだけで、測らなくてもいいし、とても便利だよ!(業務用3kg袋をお使い頂いています。)
手間なく炊けて、しかもおいしい!秋田県産あきたこまちの無洗米。
【一体何が出てくるの?個性強めなメニューのごく一部をご紹介】
独特な名前が付いた本格洋食の数々。メニューを眺めているだけで引き込まれる。
【セームセット】
セームとはsameの意味で、スパゲッチー(=昔の師匠の呼び方を受け継いだ)とカレーが人気だから同時に皿にのせて一緒にしちゃえ!という発想のメニューです。
例えばチーズカレーとタラコスパゲッチーのセットは「セームA」。
他にも組み合わせでバリエーションがどんどん増えていったのでA、B、C、O、E、N、R、Uがあります。昔はさらにYとかZまであったんですよ。
【丘仲間】
たまたま見つけて買ってはみたものの、使いどころがなかった大皿が活躍したメニューです。
ごはんにハンバーグをのせ、更にタラコスパゲッチーもつけた「丘仲間A」。一ヶ所に集まっているから「仲間」と名づけました。
ハンバーグ、スパゲッチー、刺激的に辛いカレーがワンプレートに集う。
【クエバワカル】
インドの南西に”クエバワカル”という地名があるんですよ。 嘘だけどね!
「早くできるもの」とオーダーするお客さんがいたことがきっかけです。カレーを食べに来たんでしょ?と僕は分かっていたけど「カレーが食べたい」とは決して言わないんですよ。
今でこそカレー専門店もありますが、昔は外食でカレーを食べる習慣があまり無かったようで、頼みづらかったようです。注文しやすいように溶かしチーズをのせたチーズカレーを作り、クエバワカル(食えばわかる)という名前を付けました。
=インタビュアー実食!=
おすすめの「丘仲間A」を頂きました。
大きな一皿に、ごはんとハンバーグをのせ、ありふれたカレーにならないように、あえて辛くしているカレーソース(※)をかけて、タラコスパゲッチーもついた豪快なメニューです。
やみつきになりまた食べたくなる辛さがとてもおいしく、その上にかかっている生クリームがいいアクセントになっております。ハンバーグはお肉も柔らかく肉の旨味たっぷり。
タラコスパゲッチーは、たっぷりとタラコが入った濃厚な味で、もちもちする麺に絡み、今まで食べてきた中でも一番おいしいと感じました!3品ワンプレートのボリューム満点なセットが1,150円とは、とてもお得だと思います。
おいしい料理とユーモラスな店主様とのお話しで、お店を出るときには幸せな気持ちでになりました。今度は、「旨すぎる納豆タラコスパゲッチー」を食べてみたいです。
ご馳走様でした!
インタビュー:猪爪
【※店主様のこだわり豆知識:ごはんにかけるのは カレールー?カレーソース?】
世間では、ごはんにかけるカレーを「カレールー」と言う人も多いけれど、それは「カレーソース」です。小麦粉とバターをオーブンで焼いたものを「ルー」と言います。僕みたいな若い頃からずっと料理人をやっている人間からすると、そこは譲りたくないところですよ!
神奈川県横浜市青葉区あざみ野1丁目26-1
TEL:045-901-8597
営業時間:11:30~21:00
定休日:火曜、第3金曜
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